1章 文章はコミュニケーションツール (3)

1.6 漢字とひらがな

漢字とひらがなの使い分けに関して、正しい使い方は文章の中で統一することです。同一文章の中で、同じ単語があるときは漢字表記となりあるときはひらがな表記になることは厳禁です。数字に関しても、算用数字と漢数字を使い分けます。日付や数値、数量を表す場合には 算用数字を用いますが、文章としての記述では、例えば「二輪車」「第三に」のように漢数字を用います。

1.6.1 常用漢字を使う

常用漢字は、多くの人が利用する文章をだれもが読めるように、何万語もある漢字の中から使いやすい漢字として選ばれている字です。卒論をはじめとした文章を書く際にも、常用漢字以外は用いないようにしましょう。

1.6.2 漢字の使い分け

例えば「物」「もの」は文章でどのように使い分けるでしょうか。「生き物」のように、実際にみたり触れたりできる対象は「物」というように漢字で表しますが、「最大のものをX」「撮影したもの」のように、。論文では抽象的なものを指す場合がほとんどです。そのため論文ではひらがなで「もの」と書きます。以下がおもな漢字使い分け例一覧です。

いままで身についてきた漢字の変換癖は誰にでもあると思います。長い時間、適当ではない漢字の変換が当たり前になってしまい、気づかない人もいるでしょう。ここで知識を更新してください。

1.7 やってはいけない表現

論文を書くうえで、やってはいけない表現というものがあります。論文では以下の項目を使わないようにします。

1.7.1 「こそあど」は使わない

「こそあど」とは、「これ」「それ」「あれ」「どれ」などの、いわゆる「こそあど言葉(指示語)」そ指します。これらの語もあいまいな文章の原因になります。

[Xな例] ゲームでは、壁や穴などの障害物で通路をふさがれた迷路のステージで、主人公のネズミを上下左右の移動で操作し、敵ネコを避けながら、ステージ内にあるアイテム(6種類 X 各2個)を回収するとクリアできるが、それらに当たるとライフが1減ってしまい、ステージはやり直しとなる。

「それら」は何を指しているのでしょうか。「敵ネコ」 =「それら」のような気もしますが、「それら」は複数形です。「壁や穴」なのかもしれません。

また一つの文なのですが、「長すぎる文」です。このような文には大抵問題があり、「Xな例」では、「ゲームでは」と「ライフが」「ステージは」というように、三つの主語があります。

「それら」をなくして文を二つに分け、主語と述語の対応を明確にします。

[〇な例] プレイヤーは、主人公のネズミを上下左右の移動で操作し、壁や穴などの障害物に通路を塞がれた迷路で敵ネコを避けながら、アイテム(6種類 X 各２個)を回収してステージクリアを目指す。

ただし、穴に落ちた時と、敵ネコにぶつかったときに、主人公のライフが1減って、ステージはやり直しとなる。

[〇な例]の第一文は「プレイヤーは～目指す」と、プレイヤーの行動を述べています。そして第二文ではプレイヤーの失敗条件をまとめています。

「こそあど」言葉を使ったときは、「それ」や「あれ」が何を指しているのかの探索を読み手に要求します。わかりにくくなりますので、必ず具体的な言葉に言い換えましょう。

1.7.2カッコの使い方

文章の中でカッコ()を不用意に使うと、読みにくくなります。以下悪い例を挙げてみましょう。

例1.44 実験の結果を知りたくて、私は急いで研究室向かおうとした(実際は、電話が入ったため研究室に向かえなかった)

この場合「実験の結果を知りたくて、私は急いで研究室に向かおうとした。ところが、実際は、電話が入ったため研究室に向かえなかった」の方が適切です。

1.7.3 重複表現

同じ意味の言葉を繰り返し使っている場合が多く、話し言葉をそのまま文章にするとよく起こります。違和感を感じないまま使っていると、不自然な文章となります。読み手にストレスをあたえないためにも、重複表現には注意が必要です。

(1)「速度が速い」　　重複表現の例を表1.2に示します。「速度が速い」ではすでに「速度」の中に「速い」という意味が入っているため重複表現となります。「厚さが厚い」も類例です。これらは、数値を用いた表現とすればよいでしょう。

(2)「～することがわかる」　　「～することがわかる/できる」「～を行う/実行する」などの冗長な表現を多用すると、読みにくい文章になってしまいます。

例1.45[×の例] このコマンドの後には任意の値を設定することができる。このため、設定した値ごとに、システムの動作の確認を行わなければいけない。この作業には時間がかかるため、テスト要員の追加が必要となることがわかる。

これでは冗長な表現が多く、読みにくいです。不必要な部分を削るだけで完結な文章になります。

例1.45[〇の例] このコマンドの後には任意の値を設定できる。このため、設定した値ごとに、システムの動作の確認しなければならない。この作業には時間がかかるため、テスト要員の追加を必要とする。

1.7.4 共起関係

共起関係とは、ある単語と一緒に、同じ文や文書の中で使われる(共起する)、別の語や表現の総称です。例えば「気温」という単語には「高い/低い」「上がる/下がる」といった言葉が多く用いられますが、「熱い/寒い」では違和感があります。

論文で使われる用語と共起関係をもつ動詞を表1.3に示します。

1.7.5 不要表現

不要表現とは「無駄な言葉」を書いてしまうことで、レポートや論分を深めるのに役立ってない言葉、あってもなくてもいい言葉のことです。

(1) 「～ような」 「～という」 このような言葉をレポートや論文で使用すればするほど論理的文章の明確さがなくなってしまいます。特に「～ような」は「同一」の場合と「類似しているけれど相違がある」場合の両方がある、あいまいな表現です。使わないようにしましょう。

(2) 「～の～の～の」　　この表現も使ってしまうのではないでしょうか。「の」が連続して3回以上続くと、文が間延びした感じになり、稚拙な印象をあたえてしまいます。この場合、「～の」を省略するか置き換えられないかを考えましょう。

1.8 文章を作る

文章を作るにあたっては、いきなりやみくもに書き始めることはけっしてよいとはいえません。特にレポートや論文を書く場合、正しい手順を追ったうえで書いていくことが前提となります。いきなり文章を書くよりも、メモ用紙などに箇条書きで書き、そこから整理してみましょう。この作業を行っていくと、キーワードとなる言葉を抽出できるようになり、なにが重要で、それを展開させるためにはどのような順序で書いていくとよいのか、見取り図をかためていくことになります。

1.8.1 文章を構成する

文章を書き始める前にどのような形で進めていくか、構成を考えます。構成はいわば見取り図のようなものであり、ここを適当にしてしまうと文章全体の内容が不明瞭になってしまいます。ここでは文章構成の前段階として、接続詞の順接や、逆接といった、文をつなぐための土台となる用例を確認しましょう。

1.8.2 文をつなぐ(接続詞)

文と文、あるいは文と文章、または文章と文章。これらをつなぐうえで欠かせないのは接続詞です。接続詞は適切に用いることで、文や文章の意味の上での関係を明確にします。ただし、接続詞を誤用あるいは多用すると、かえってわかりにくい文章となってしまうこともあります。「すじみち」を考えて接続詞を選びましょう。

(1) どうつなげるか　　まずは、つなげ方です。接続詞の選び方によって、文の意味が変わります。それでは、以下の例文を見てみましょう。

例1.47 大トロは味がいい。()値段は高い

空欄のカッコにあてはまる可能性として考えられるのは、「だから」「しかし」でしょう。ここで「だから」は順接、「しかし」は逆接の接続詞でありまったく反対の性質をもつものです。しかし、この文だけでは、どちらが正しいかはいえません。接続詞を選ぶときには、前後の文脈をみて、「なにを強調したいのか」を明確にします。

(2) 順接　　順接の接続詞は先の主張を保持し、それを踏まえて次の主張がなされるときに用います。

(3) 逆接　　逆接の接続詞は「しかし」に代表されるように、それまでの主張を修正(転換)したり、制限したり、対比的に別の主張を導入します。いわば「論理の流れを変える接続詞」といえます。

このように順接と逆接の接続詞を適宜、文章の中で用いることで、主張をわかりやすくできます。

ちなみに、逆接の接続詞「しかし」の誤用をよくみます。皆さんもつぎのような文章を書いた覚えはないでしょうか。

[xな例] ロボコンの試合中、ロボットから煙がでて、ロボットの足は動かなくなった。しかし、ロボットの手は動作した。

一見すると、「しかし」は正しい使い方のように見えますが、この例では「しかし」よりも「ただし」という接続詞のほうが適しています。なぜなら「ロボットの足は動かなくなった」という現象に対して、「ロボットの手は動作した」わけです。つまり「ただし」という「条件の制限(付加)」が行われているのです。ここで接続詞「しかし」の特徴をおさえていきましょう。

特徴1: 接続詞を挟んだ前と後の内容では、反対かつ後の内容が強い。

例1.49 電気回路がショートした。しかし、主電源にはダメージを受けていなかった。なぜなら、ショートした部分が焼き切れたからだ。

ここでは、「しかし」の後に「なぜなら」という接続詞が書かれています。接続詞「しかし」を使う場合、「なぜなら」という接続詞がなければ、「しかし」以下の内容との対応がわかりにくくなります。基本的に「しかし」と「なぜなら」という接続詞はセットで使うようにしましょう。

特徴2: 接続詞「しかし」は、接続詞「なぜなら」とセットで使う

そのほか、論文でよく使う接続詞を表1.4にまとめます。

1.8.3 同じことを繰り返さない

同じ言葉や言い回しを繰り返しを使った文章は、しつこく読みにくく感じます。以下に例文を挙げてみましょう。

1.50 [xな例] サンプルに欠落があった場合、アルゴリズムは前後の4サンプルから補完する。その場合、データの最上位ビットに補完したことを示すビットを付加する

この例では「サンプル」「場合」「補完」「ビット」がそれぞれ2回使われています。ここで「サンプル」は、同じ種類のものを指す名称のため省けません。「場合」は「あった場合」「その場合」といずれも仮定を述べているのですが、じつは同じことを指しているので文章をわかりにくくします。しかも、「～場合」は、「Aの場合」「Bの場合」のように種類が変わったときに使う言葉です。ここでは連続するサンプルの中での欠落を仮定しますので、「～とき」が適しています。また、「前後の4サンプル」も「前2、後2」なのか「前4、後4」なのかはっきりしません。さらには、第二文の「ビットに...ビットを付加する」も意味をなしません。これらを修正すると、

〇の例 サンプルに欠落があったとき、アルゴリズムは前後の各4サンプルを用いて補完するとともに、最上位ビットを1にして補完したことを示す。

のようになります。原則として、一つの文の中には同じ言葉を使わないようにします。こうした点を意識して確認することも大切です。

1.8.4 論理的に展開しよう

いままで学んできた内容やルールを踏まえ、論理的に展開していきます。授業におけるレポートや学会論文、卒論といった文章では、単なる感想文とは異なり、対象とする物事に関して読み手にわかるように、「すじみち」を立てて説明•説得することが必須となります。そこで序論•本論•結論といった「三段論法」など、「すじみち」を立てて文章をわかりやすく展開させていく方法があります。

例「○○法を用いたXX電極の作製」

1. 序論 「従来の研究方法、本研究の位置づけや目的(問題提起)、本研究の概要や特徴」

2. 本論 「実験方法、データの提示、検証、考察」

3. 結論 「得られた成果、特徴や今後の課題など」

このような流れを踏まえ展開していきますが、序論•本論•結論における分量も意識しておきたいです。一つの目安として、以下に比率を挙げておきます。

この分量を目安として、自身の頭の引き出しに入れておくと、どのような分野の論でも展開しやすくなるでしょう。こうし多バランスもしっかり意識しましょう。

1.9　本章のまとめ

以上、1章では卒論を始め、学会論文や技術論文を書くにあたっての基本的なルールや注意点を挙げてきました。何事も「継続は力なり」です。２章では、工学系における具体的な論文執筆の説明へと入ります。１章で身に着けたスキルを土台にして、読み進めていきましょう。