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2章 卒論=技術文書の書き方

2.1 「論文」とは

2.1.1 技術説明のパンフレット

おそらく多くの人にとって、卒論が初めて書く「論文」です。

  • なにを書いたらよいのか
  • どう書いたらよいのか
  • だれを対象に書いたらよいのか

わからないことだらけだと思います。

論文といっても、難しく考えることはありません。商品説明のパンフレットと同じです。成果を同業の研究者やエンジニアに正確に説明して、ほかの研究や製品に活用してもらうための、少し長めの技術説明のパンフレットです。

2.1.2 再現可能となるように記す

論文は、執筆者と同等の見識と技術があれば追試(再現)が可能となるように記述します。 執筆者以外の同業者にも再現できることが、論文に課される条件となります。

査読を経た論文が学術誌に掲載され、つまりは記された内容が科学的に妥当であると認められて、初めて「研究成果」、すなわち科学の世界で認知されたこととなります。

再現可能性を担保することは論文を書く人の責務です。

STAP細胞

2.1.3 同じ分野のエンジニア・研究者を想定して記す

論文の読み手は、同じ分野のエンジニアや研究者を想定します。指導教員と同じくらいの知識をもつ人が、理解できるように記します。

[NG例]

本研究室の設備を用いて作成した

[OK例]

電気炉(〇〇社、ABC-1234 型)を用いて 600 ℃の窒素雰囲気中で 3 時間加熱した

実験を再現できるといっても、たとえばコントロールプログラムや装置の設計図、回路図などをすべて載せる必要はありません。たとえば、プログラムのリストを載せなくても

  • コンピュータの CPU とクロック周波数(あるいはメーカー名と型式)
  • 必要であれば OS とそのバージョン
  • プログラミング言語などの開発環境
  • コントロールアルゴリズム
  • システムのブロックダイアグラム

などの情報があればいい。

同じ分野のエンジニアや研究者であれば当然知っているような大学学部レベルの教科書に記されているような事項は、論文で説明する必要はありません。それらの教科書を、参考文献に掲げる必要もありません。

2.1.4 論文に記すこと

論文は「技術説明のパンフレット」。最も伝えたいことを記します。

書きたいことは山のようにあるかもしれません。けれども、論文の枚数は限られています。ですから、訴えたい点に絞って記します。以下のように要点を中心として説明する。

  • 顔認証ソフトウェアの精度をアップした
  • ロボットに石段を登らせた

2.1.5 数値で語る

論文では、結果を数値で示します。「データに語らせる」ともいいますが、修飾語を並べるのではなく、数値にして結果を記しましょう。

顔認証プログラムの精度をアップできたとします。

[✕な例]

顔認証プログラムの精度を、従来よりもきわめて高くすることに成功した。しかも、他人をまちがって認証することはなかった。

このように「高く」「成功した」と主観的に語っても、読み手にはどれだけ精度が高められたのかは伝わりません。ですから、検証の条件とそのときの結果を数値で示します

[〇な例]

20〜24歳男性の顔写真を用いて本人認証の精度を確認した。東アジア系79人、東南アジア系12人、アフリカ系4人、北欧系5人の計100人の正面画像を各10枚撮影した。各人の写真5枚を学習用データに用い、ほかの5枚を用いて本人認証を試みた。500枚のうち498枚で認証に成功し、他人の写真を誤って認証したケースはなかった。

このように、数値を用いて「定量的」に表現すると、どれだけの認証ができたのか一目瞭然となります。

2.1.6 用語の表記

専門用語の表記は、国立研究開発法人科学技術振興機構のJ-GLOBALサイトの「科学技術用語」で確かめましょう。外来語の語尾に長音符号をつけないなど、工学系の「業界用語」もあります。

卒業研究で開発するアイテムには、役割がわかり、ほかの要素と区別できる名称をつけます。

[分かりにくい例]

障害物を検出する超音波センサを開発する

[分かりやすい例]

「障害物検出モジュール」というアイテムの名称をつけて 『超音波センサを用いた障害物検出モジュールを開発する』

名称をつけなければ、説明ができません。具体的にアイテムを限定できる名称とします。アイテムをきちんと指し示すことができますから、読み手に誤解されることも防げます。

2.1.7 外来語の表記

日本語には、外国語をカタカナとして記述できる便利な機能があります。「マイコン」や「シミュレーション」「システム」など、外来語は多数用いられるでしょう。ところが、なじみのない外来語が多用されていると、読み手にとってわかりにくい文となります。ですから、専門用語やごく一般的なものを除いては、なるべく外来語を用いないようにします。

機械・電気・情報系では原則的に「ー」を用いません。

  • センサ
  • モータ
  • コンピュータ
  • レーダ
  • エレベータ
  • ユーザ

ただし「エネルギー」のように長音符号を用いるものもあります。外来語についてもJ-GLOBALサイトで確認しますが、「科学技術用語」にない語に関しては神経質にならなくてよいでしょう。

2.1.8 やってはいけないこと

論文の書き手には、そこに記されていることが、業界の標準的なルールに則って得られたデータであることを保証する責務があります。

  • 作っていないシステムを「作った」とすること
  • 測定していないデータを「得られた」とすること
  • 都合の悪いデータの数値を消すことや変更すること

これらは偽装であり、改ざんです。絶対にしてはいけません

コピペも許されない行為です。たとえ、無料で手に入る状態でネット上に公開されている文章や図表であっても、書き手の考えを表現したものは著作物です。

著作権法には、

第十条 … この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
    :
六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
    :

とあります。著作物を剽窃したり、盗用したりすることは、盗作であり、許されない行為です。

[剽窃]

他人の文章や詩歌などを、こっそり自分のものとして使って発表すること。

[盗用]

許しを得ないで他人の発明したものを使うこと

提出した論文にコピペが含まれていては、剽窃となります。剽窃を含むものは、論文としては認められません

2.1.9 盗用しない

どこからか許されない盗用かは、グレーな領域もあります。

NG(盗用)

わかりやすい説明をみつけ、それをそのまま、あるいは抜き出してコピペした

OK

その文章をよく読み、丸暗記ではなく理解し、原文をみないで自分の言葉で記した

これは書き手の思想や考え方が反映されます。 つまり書き手の著作物となります。

図も同様です。 お手本をもとに頭の中でイメージを構成します。 元図をみないで作図したのであれば、図に示される情報や考えは、書き手独自のものとなっているはずです。

他人の数値やデータを自分で計測したものとすることは盗作です。 グラフの形を変えたとしても、それは著作ではなく、偽装工作です。

2.1.10 引用について

ほかの人の文言を引用しなければ論文を構成できないこともあります。この際には、「目的上正当な範囲内」に限って、以下のすべてを満足するときのみ、引用として認められます。

[引用の定義]

1. 公表された著作物である
2. 主従関係が「従」である
 従(引用と認められる):自分の趣旨や文章の展開を裏づけたり保証するためや、他人の著作物を論評するための利用
 主(引用としては認められない):自分がなにかを表現する代わりとして他人の著作物に代弁させるような利用
3. 引用箇所が明確にわかる(カッコで括るあるいは斜体字とするなど)
4. 引用の必然性がある(内容的に自身の著作物と引用される著作物とに密接な関係がある)
5. 必要最小限の分量である
6. 原作のまま引用(誤字を含めて改変・修正していない)
7. 引用元を参考文献リストに示している

引用として認められるものは文字(文章)だけであり、図表の引用は認められません