2章 卒論=技術文章の書き方 (3)
2.2.6 測定方法
測定の目的
測定の目的は、アイテムに用いたアイデアの有効性を予測すること。そのアイデアを用いれば、より優れた解決案を実現できる可能性を示すように測定項目を選ぶ。
例:ゴキブリ捕虫ロボット
このロボットの最終目的は、虫を捕まえること。
- 目標として、ロボットにはと以下の能能力が設定されるとする。
- 探索能力(探索能力から2mいないにいる体長10mm以上の虫を検出し、位置を±5mmいないの精度で特定する)
- 捕獲能力(1m/sのスピードで直線移動する虫に対して、1mの距離から50%を超える捕獲成功率を持つ)
↓
- 測定の目標は、これらの性能を達成できたかを数字として示すこと。
-
測定の目的は、用いたアイデアの有効性を予測すること。
↓
単に2mの距離における検出能力や1mでの捕獲成功率を調べるだけではなく、以下のように測定項目を設定する。 -
距離をパラメータとしたときの検出能力の変化
- 移動速度をパラメータとしたときの成功率変化
このようにすることで目標達成度を探る。
測定の計画
目標達成度を測るためには、以下のことを表せるように測定を計画する。
- アイテムの基本性能:目標の達成状況
- アイテムの性能限界:基本性能を発揮できる範囲
測定はたいていの場合、当該分野で標準的に用いられる測定の組み合わせとなる。
たとえば、捕虫ロボットの探索システムでは
-
アイテムの基本性能
- 目標物体と他の物体との識別性能
- 検出位置精度
- 検出時間(移動物体に対する遅延時間)
-
アイテムの性能限界
- 最大検出距離
- 障害物による検出距離の低下
- 検出可能物体サイズ
などが考えられる。
測定値を比較する
データを比較したい時は、「測定方法」に測定データの差の評価方法を示す。
例: 従来の陽極Aと開発した陽極Bを用いて試作した電池の放電容量を、XX法を用いて測定する。
それぞれ5個を測定し、結果を平均値±標準偏差で示す。 両群の差は$t$検定を用いて評価する。
例では、文末表現として「~測定する」「評価する」のように「~する」と記されている。測定したことは過去の出来事だが、一般的には実験手順書では「~する」と記されている。「~した」でもいい。
気をつけること
気をつけることは以下の4つ
-
わかったつもりになっている
測定を何回もしていると、当たり前の操作となってしまって必要な情報を書き洩らしてしまう可能性がある。頭の中で手順を確認しよう。- 記述された手順に沿って測定すれば、示されたデータを得られるか
- データの統計処理方法を記しているか
-
設定パラメータを明示する
測定方法には、測定手順、使用器具、設定条件、および測定データの処理法を記す。 このうち、設定条件(パラメータ)の記載が不十分なことがある。
- 曖昧となりやすい語
性能:たとえば、「エンジンの性能を向上させる」だと、燃費なのか最大出力なのかわからない。対象とするパラメータを明確にしよう。
分析:値を求めることは測定であって分析ではない。なぜその値になったかの理由を明らかにするために調べるのが「分析」である。
- 誤用されやすい語
評価:基準を用いて価値や優劣を決めること。
Xな例:二輪車コーナリング時のパンク角を評価した。
パンク角は数値であるため、「測定した」が正しい表現となる。
○な例:試料の強度を評価する。
試料の特定用途への適合性つまり、適合性があるかないかという優劣を決めているので正しい表現。
調査:分からないことを「調べる」ことが調査。
Xな例:信号の周波数を変更してフィルタ出力電圧を調査した。
変更してどうなったか「測定」しているためこの表現はダメ。
○な例:絶縁材料の絶縁破壊電圧を調査した。 壊れない限界を「調べる」ので、正しい表現。
効率:エンジニアリングではエネルギーがどれだけ有効に伝えられたかを表す特性値。
たとえば、バッテリーだと、
バッテリーの充放電効率 = 放電電力量 / 充放電力量
というように、比率で表される。
Xな例:計算効率を向上させるために、プログラムを見直した。
○な例:計算時間を短縮されるために、プログラムを見直した。
2.2.7 測定結果
測定結果と考察
測定結果と考察は分けても一緒でもいい。書きやすいほうを用いましょう。
測定結果で記すこと
- 測定やシミュレーションから得られた数値
- 数値を解釈するための統計処理結果
考察で記すこと
- 得られたデータから明らかになったこと
- 研究目的を達したが、目標とした特性を得られたか
測定結果は数値で表す。「良好な応答を確認した」などの定性的表現はいらない。
そこに測定値があれば、飾り言葉は不要。データで語れ。
節・項の順序とタイトル
測定結果の章では、測定方法の章と同じように節・項の順序とタイトルを設定する。
グラフを用いる
グラフは、数値を一つ一つ記すよりもわかりやすく読み手に伝えることができる。
例:〇〇ダイオードのアノード-カソード間の印加電圧を0.5Vから50mV刻みで0.7Vまで上昇させたとき、ダイオード竃流は、2.02μA, 13.8μA, 94.7μA, 248μA, 4.43mAとなった。
これだとわかりずらい。グラフを用いると、
グラフを用いることでわかりやすく伝えることができる。
その際に、結果や読み取れる要点を解説する。
読み手にとっては初めて見るグラフなので、パラメータや状況の説明もあるといい。
想定外の値については、「測定をやり直したら他の値になった」あるいは「グラフ作成時に入力を間違えた」の場合は修正する。
「なんかおかしいから」という理由で測定点を取り除くのはデータ偽装。なぜおかしくなってしまったのかは考察の章で述べる。
結果を比較する
2種の陽極A, Bを用いて試作した電池から、以下の表のような結果を得たとする。このとき、例のように測定値すべてを論文に示す必要はある?
陽極/サンプル | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 平均 |
---|---|---|---|---|---|---|
A | 11.5 | 12.5 | 9.9 | 10.5 | 12.2 | 11.32 |
B | 10.8 | 10.3 | 13.5 | 12.7 | 15.1 | 12.48 |
授業の実験レポートでは、測定したデータをこのようにすべて表に示したが、論文では
○な例: それぞれ5個の電池の放電容量を測定した結果を、平均値±標準偏差として示す。陽極Aを用いたものは11.32±1.11W・h,陽極Bでは12.48±1.97W・hであった。
と統計的に示す。
繰り返し測定して見えてきた傾向から、真の値がどれくらいなのかや、ばらつきを見よう。
差を判定する
問題
陽極Bの放電容量は陽極Aよりも10.2%大きい。このことから「増加した」と言ってよいか?
答え
だめ。理由として以下のようなことが挙げられる。
- 平均値が大きくてもばらつきがあるため、「たまたま」そのような値になった可能性がある。
- 統計的に有意かどうかは、統計検定で確認する必要がある。
統計検定のポイント
- 「差がない」とする帰無仮説を立て、p値を算出する。
- 工学などでは一般的に p ≧ 0.05 のとき「差がないとするのは危険だ」と考える。
各5個の電池で測定した放電容量:
陽極B:12.48 ± 1.97 W・h
陽極A:11.32 ± 1.11 W・h
→ 陽極Aより10.2%大きいが、検定の結果 p = 0.29 → 有意差は認められなかった
文末表現
- 測定値や結果の記述では「〜した」「〜であった」とする。
- 結果や図表の説明文では「〜を示す」「〜を示している」とする。
気をつけること
-
「成功した」と記さない
- 「成功した」は、何をもって成功なのかが不明確。
- 成功の定義がない場合、読み手に情報が伝わらない。
Xな例: AIピッチングマシンの開発に成功した。
研究では、ピッチャーマウンドから、ホームベース上に設定された目標点を±10mmの範囲内で、設定された球速の±1km/h以内で通過させるピッチングマシンを目標とする。
このように明確に定義して成功かどうか(数値で示される)判定しよう。光電スイッチをホームベース中心に垂直・水平方向それぞれに2mm間隔で設置し、ボールの通過位置・速度を測定した。
投球数100球中97球が目標範囲内を通過し、95球が目標球速内であった。 -
「できた」と記さない
- 「成功した」と同様に、何がどうなれば「できた」なのかが不明確。
Xな例: 障害物を検出するための超音波センサができた。
しかし、すべての障害物を検出できたとはいえなかった。○な例: 直径40mmおよび50mmの球体を用いて超音波センサの検出能力を確認した。
正面軸および30°方向で距離100mmに配置したところ、 直径50mmではすべて検出、直径40mmでは垂直30°方向で検出できなかった。 -
述語を羅列しない
曖昧な例として、
- 判定成功率が向上することが示されている。
- 応答が早められたと考える。
- 障害物を検出できた。
などが挙げられる。
明確な書き方として
- 判定成功率を○○%から□□%に向上した。
- 応答時間を▲▲msから▼▼msに短縮した。
- 〇〇mm²以上の障害物を100%検出した。
などが挙げられる。
まとめ
- 測定とは、目標性能を数値で評価するための手段であり、統計処理を伴うことが基本。
- 結果は平均値±標準偏差で表し、t検定などを通じて有意差を判断する。
- 文や表現は客観的・定量的に書く。「できた」「成功した」などは定義を明示した上で記述する。
- 測定や検定で得られた結果に基づいて、データで語れ。